人が育つ組織は“語り方”で決まる ― 成人発達理論と逆代理体験の視点
組織における人材育成は、制度や研修の有無だけではなく、日常の「語り方」に大きく左右されます。励ましのつもりで語った経験談が、かえって新入社員の自己効力感を下げてしまう――これが「逆代理体験」です。
本記事では、成人発達理論の枠組みを用いながら、語り方が組織文化や成長にどのような影響を及ぼすかを解き明かします。人事やマネジャーが実務に落とし込める具体的な視点を提示し、成長を促す「言葉のデザイン」を考えます。
1. 語り方が人を育てる:逆代理体験のメカニズム
組織における人材育成は、制度や仕組み以上に「言葉のやり取り」に強く影響されます。特に、新入社員や若手にとって、上司や先輩がどのように語りかけるかは、その後の自己効力感や挑戦行動に直結します。
心理学者アルバート・バンデューラが提唱した「社会的学習理論」は、人が行動を学ぶプロセスを説明する代表的な理論です。人は単に”直接経験”から学ぶだけでなく、他者の行動やその結果を観察することで学習します。この学習は「代理学習」と呼ばれ、模倣やモデル化のプロセスを通じて行われます。
たとえば、ある先輩社員が顧客対応で成果を上げる姿を見た新入社員は、「自分も同じ方法を試してみよう」と行動を選択するようになります。ここで重要なのは、代理学習が「自己効力感」、すなわち「自分にもできる」という感覚を形成する上で大きな役割を果たす点です。
逆代理体験とは
ところが、すべての語りやモデルが成長を促すわけではありません。バンデューラ理論を基に整理されている概念に「逆代理体験」があります。これは、他者の体験や成功談を聞くことで「自分には到底できない」と感じ、かえって自己効力感が下がってしまう現象を指します。

たとえば、マネジャーが善意で「自分が新人のころは誰よりも早く成果を出していた」と語ったとします。一見すればモチベーションを上げるメッセージですが、受け取る側は「それは特別な才能や環境があったからで、今の自分には無理だ」と解釈するかもしれません。こうして、意図に反して挑戦する気持ちを削いでしまうのが逆代理体験です。
組織現場で起こりがちな誤り
現場では、この逆代理体験が日常的に発生しています。典型的な場面は以下の通りです。
- 武勇伝の共有:過去の困難を乗り越えた経験を「努力すれば必ず報われる」という文脈で伝える。しかし新人からすれば「自分には到底できない」というプレッシャーになる。
- 突出した成功モデルの提示:エース社員の成果を基準に語る。結果として「平均的な自分」には不可能だと感じさせてしまう。
- 抽象的な励まし:「やればできる」「根性で突破できる」といった言葉は、行動への具体的な手がかりを示さないため、かえって不安を助長する。
このように、語り方を誤ると「代理学習」が「逆代理体験」へと転じ、本人の成長機会を奪ってしまいます。
2. 成人発達理論から見る「受け止め方」の多様性
成人発達理論は、子ども時代で終わらない「人の成長段階」を明らかにする研究領域です。
代表的な研究者であるロバート・キーガンは、人が成人後も内面的な枠組み(=意味づけの仕方)を発達させ続けることを指摘しました。つまり、同じ出来事や言葉であっても、その人が立っている発達段階によって「どう意味づけるか」が異なります。
同じ語りの異なる解釈
たとえば、マネジャーが新人に「失敗してもいいから挑戦してごらん」と声をかけた場面を考えてみます。しかし、発達段階によって、同じ語りでも異なる解釈をします。
- 自己防衛的な段階の社員は、「失敗=評価が下がる」と強く結びつけて考えるため、「本当に失敗していいわけがない」と警戒心を抱きます。
- 関係依存的な段階の社員は、「上司がそう言うなら挑戦すべきだ」と受け止めますが、失敗した際に「裏切ってしまった」と自己否定に陥る可能性があります。
- 自己主導的な段階の社員であれば、「失敗から学び成長できるチャンスだ」と捉え、実際に行動に移す傾向があります。

営業組織現場での具体例
あるITスタートアップ企業では、新規営業に配属された新人が「先輩のように契約を短期間で取れる気がしない」と不安を漏らしていました。マネジャーは「私も新人の頃は毎週契約を取っていた」と励ますつもりで語りました。しかし新人は「それは特別な人だからできたのだ」と解釈し、自分には到底無理だと感じて萎縮してしまいました。
一方で別のケースでは、マネジャーが「私も最初の3か月は失敗ばかりで、クレームを受けたこともあった。でも、その失敗から学んで提案の仕方を変えたら成果が出始めた」と語ったところ、新人は「失敗しても次につなげればいい」と安心し、挑戦的に動けるようになりました。
両者の違いは、「語り」の中に“受け手の段階に合ったリアリティ”が含まれているかどうかにあります。抽象的で過剰にハードルの高い語りは逆代理体験を生みやすく、具体的でプロセスを示した語りは自己効力感を高めやすいのです。
成人発達理論が示す示唆
成人発達理論の視点は、単に「人によって受け止め方が違う」という一般論を超えて、なぜそうなるのかを説明してくれます。つまり、人事やマネジャーは「同じ言葉を誰に投げかけるかによって、その影響は180度変わり得る」という前提を持つ必要があります。
言葉の設計を誤れば、成長機会を閉ざすリスクがありますが、発達段階に応じた語りを意識すれば、逆に組織の成長速度を大きく高めることができます。
3. 成長を促す語り方のデザイン
マネジャーやOJT担当の言葉は、単なる情報伝達ではなく「行動モデル」を設計する機能を持っています。組織文化の中で何が評価され、何をリスクとして避けるべきか、その基準を日々の語りが示しているのです。「どう語るか」を意識することは、育成の制度設計と同じくらい重要です。
成長を促す語りの特徴
逆代理体験を避けつつ、自己効力感を高める語りにはいくつかの共通点があります。
- プロセスを開示する
「最初の提案は10社連続で断られたけど、その後に質問の仕方を変えたら反応がよくなった」など、成功までの試行錯誤を具体的に共有する。
→ 成功が特別な才能ではなく、改善の積み重ねであると理解できる。 - 小さな成功に焦点を当てる
「まずは1件の商談記録を自分でまとめられるようになれば十分」と段階的に評価軸を示す。
→ ハードルを適切に分解することで、挑戦の敷居を下げられる。 - 感情と事実をセットで語る
「初めての契約が決まったとき、すごく安心した。数字以上に、自分にできるんだと感じられた」というように、経験の情緒面を伝える。
→ 聞き手の共感を引き出し、学習のイメージを具体化する。 - 未来志向の含意を加える
「この経験を通じて、次に挑戦するのが少し楽になる」というように、経験の先にある成長の意味を言語化する。
→ 単なる過去の物語で終わらず、聞き手の行動意欲を未来に向けられる。

実務での活用例
たとえば、セールス部門の新人が成果を出せず落ち込んでいる場面を想定します。
- NGな語り
「俺は入社して1か月で契約を取ったよ。やればできる」
→ 成功モデルが遠すぎて逆代理体験を引き起こす。 - 効果的な語り
「自分も最初の1か月は結果が出なくて焦った。でも、先輩にロープレをお願いして、質問の仕方を変えたら商談が前に進むようになった。最初に契約できたときは、自信につながったよ」
→ プロセスと改善点を共有しつつ、挑戦に意味を与える。
さらに、OJT担当者が日報のフィードバックを返すときも、「ここはよくできている」と小さな成功を具体的に指摘することで、日常的に自己効力感を積み重ねることができます。
組織としての仕組み化
語り方の工夫は個人の力量に任せるべきではありません。組織として以下のような仕組みに落とし込むことで、文化として定着させることが可能です。
- フィードバック指針の明文化:プロセス共有や小さな成功承認を推奨するチェックリストをつくる。
- ロールモデルの多様化:エース社員だけでなく、平均的な成長曲線を描いた社員の体験談も共有する。
- 振り返りの場の設計:定期的に「失敗から学んだこと」を共有する会を設け、逆代理体験を避けながら学び合う文化を形成する。
おわりに ─ 組織を進化させるために

本稿では、社会的学習理論に基づく「代理体験」と「逆代理体験」、そして成人発達理論の視点を用いて、語り方が組織における人材育成に与える影響を整理してきました。
特にマネジャーやOJT担当にとって、重要なのは「自分が語りたいこと」ではなく「相手がどう受け止めるか」を基準に言葉を設計することです。成人発達理論が示すように、人は発達段階ごとに異なる意味づけの枠組みを持っています。したがって、誰にでも同じ言葉が通用するわけではなく、相手に合わせた語り方の工夫が必要です。
また、語り方の工夫は個人のセンスに委ねるのではなく、組織的に仕組み化することが望まれます。プロセスを共有する文化、小さな成功を承認する習慣、失敗から学びを抽出する仕組み――これらが整備されることで、語りは一過性のモチベーションではなく、組織の成長資産として積み上がっていきます。
人が育つ組織は、制度やツールだけでつくられるのではなく、日々の言葉が織りなす関係性から立ち上がります。だからこそ、「語り方」を戦略的にデザインすることは、人材育成やオンボーディングの核心に位置づけられるべきです。本記事が、現場で言葉を紡ぐ皆さまの実践にとって、新たな視点と気づきにつながれば幸いです。
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