前職では活躍していたのに─なぜあの人は、自社で力を発揮できないのか?
「前職では大きな成果を出していたはずが、なぜこの会社では活躍できないのか?」—— こうしたギャップに頭を悩ませたことのあるマネジャーや人事は、多いのではないでしょうか。
スタートアップやベンチャー企業では、時間も人手も限られる中、「即戦力」を期待して中途社員を採用するケースがほとんどです。その分、入社後にギャップが生まれたときの落胆も大きくなりがちです。
多くの場合、問題の本質は「個人の能力不足」ではなく「受け入れ側の設計」にあります。誰しも不幸なミスマッチは生みたくないと思っています。だからこそ、問うべきは「なぜ活躍できないのか?」ではなく、「どうすれば活躍できる環境をつくれるのか?」です。
この記事では、前職で優秀だった人材がなぜ自社で活かされないのか、その構造的な要因を紐解きながら、現場で実践できる改善のヒントをお届けします。
前職の“活躍”は自社の文脈で再現できるとは限らない
中途社員が期待通りに活躍できない理由として、まず押さえておきたいのが、「過去の活躍=今の再現性」ではないという現実です。

企業は中途採用において「実績」や「即戦力性」に期待しますが、それが必ずしも成果に直結しないのは、「前提条件の違い」があるからです。たとえば、以下のような前提条件が異なるだけで、アウトプットの質も量も変わってきます。
営業職の場合
- 商材単価(例:月3万の商材 or 年300万の商材)
- クロージング期間(短期決戦型 or 長期リレーション型)
- リード獲得手段(完全反響 or 自己開拓)
エンジニア職の場合
- 技術スタック(React vs Vue、Go vs Java)
- 開発プロセス(アジャイル型 vs ウォーターフォール型)
- ドキュメント文化(整備あり vs ブラックボックス)
同一の職種であっても、前提条件が変われば、前職の“勝ちパターン”は通用するとは限りません。
「優秀そう」に見える人ほど、ギャップが表面化しにくい
一方、組織側からの見え方にも注意が必要です。
前職での実績が大きかったり、有名企業出身だったりすると、「この人なら大丈夫だろう」というハロー効果が強く働きます。しかしこれは危険信号です。この過信が、オンボーディング設計の甘さや、十分なフォロー不足を引き起こす温床になります。
ハロー効果とは、ある対象を評価するときに、目立ちやすい特徴に引きずられて他の特徴についての評価が歪められる現象のこと
上記の問いは、現場のマネージャーや人事が自問すべきポイントです。

リクルートワークス研究所の調査(2022)によると、
中途採用者の約42%が「自分の能力が十分に活かされていない」
と回答しています。その理由の上位には、「会社の価値観や文化に合わない」「業務の進め方が不明確」など、個人よりも環境要因が多く挙げられています。
つまり、活躍できないのは、能力がないからではありません。自社の前提を正しく理解・適応する支援が足りないからです。中途社員が活躍できる構造を、ゼロから一緒に作り直すという視点が不可欠です。
“前提知識ゼロ”の設計にならないための5つの受け入れマインドセット
多くの企業で、中途社員のオンボーディングがうまくいかない要因の一つに、「最低限これくらいはわかっているだろう」という無意識の前提があります。しかし、これは受け入れ側の悪意ではなく、“慣れすぎて気づけない”業務の常識や文化が存在していることが原因です。
ここでは、受け入れ側である組織が気をつけるべき5つのマインドセットを紹介します。

1.中途社員は「1からの学習者」である
どれだけ前職で活躍していた人でも、自社においては“新人”です。
にもかかわらず、オンボーディングの設計が整っていないケースは非常に多く見受けられます。
- 「なぜこの商材が売れているのか」の過去の背景が説明されていない
- 提案資料の構成や意図が共有されていない
- 部署間の役割分担や関係性が“なんとなくの共通認識”でしか存在しない
この状態では、情報の点は渡せていても、それを“線”として理解するための支援が不十分になってしまいます。
2.暗黙知・前提知識を言語化する設計が必要
オンボーディングで意識すべきは、「業務の順番」ではなく「理解の積み上げ構造」です。例えば、次のような要素を意識的に言語化しておくことが効果的です。
▼ 言語化すべき「前提知識」や「行動の意図」例
- なぜこの業務をこの順番でやっているのか?
- なぜこのSlackチャンネルでこういう言い方をするのか?
- なぜこのKPIを重視しているのか?
- なぜこの商談は失注ではなく“ナーチャリング”と分類しているのか?
このような情報は「そのうち慣れるだろう」ではなく、最初に渡すべき言語化資産です。属人化している解釈を、言葉で共有することで、理解のスピードは一気に上がります。
3.「察してほしい」を排除する文化づくり
受け入れの場でありがちなのは、「それは言わなくてもわかるでしょ」「前にも説明したよね」という、察する前提のコミュニケーションです。
しかし、中途社員にとっては「何が常識で何が例外か」の線引きが見えない状態。だからこそ、“バカにしてる?”と感じられるくらい丁寧な説明”が必要です。
それを怠ると、本人が自信を失い、現場も“やっぱり合わなかったか…”と諦めムードに入ってしまいます。このパターンは、悪循環の入口としてよくある構造です。
4.マネジャーが”教える内容”を把握すること
教える側の準備不足にも気をつけなければなりません。オンボーディング資料が散在していたり、教えるべき内容の順序が整理されていなかったりすると、マネジャー自身が「何を、どこまで教えたか」が不明瞭になります。
その結果、以下のようなリスクが生まれます
- 教える内容が毎回異なる(属人化)
- メンバーによってスタート地点がバラバラ
- 本人のつまずきが「努力不足」と誤認される
こうしたズレは、オンボーディング体験の質を下げるだけでなく、退職リスクを高める要因になります。
5.理想は「前提知識ゼロでも、3ヶ月で活躍できる設計」
たとえば、あるSaaS企業では「1日目でわかるように作る」という設計思想でオンボーディング資料を作成し、全体で200ページ近い「オペレーションの解説書」をNotion上で展開しています。結果的に、中途社員の立ち上がり期間は約1.5ヶ月短縮され、現場の指導負担も軽減されました。
オンボーディングは、業務を説明する“コスト”ではなく、“資産化”のチャンスでもあるのです。
成果期待の“空中戦”がギャップを生む

中途社員が「思ったより活躍していない」と感じる背景について、もう少し深掘りをしてみます。受け入れ側のマインドセットや設計と連動する形で、「期待のすれ違い」すなわち、成果期待の空中戦による問題が深く関係しています。
この“空中戦”とは、定義されないまま浮遊している期待や評価基準のことです。
本人もマネジャーも、それぞれの頭の中に異なる基準を持ち、それを明確に言語化しないまま日々が過ぎていく──。こうした状態が、立ち上がりのつまずきと誤解を生みやすくしているのです。
●“根拠なき圧”と曖昧な期待値での見切り発車

1つ目の原因は、「できるだろう」という期待が、“根拠なき圧”になってしまう、ということです。即戦力としての採用と捉えてしまうと、次のような“無言のプレッシャー”が発生しがちです。
- 「同じ業界だし、説明しなくてもわかるでしょ」
- 「これくらいできるから採ったんだし」
こうした空気感は、表に出さなくても伝わってしまうものです。結果として中途社員は「自分が期待に応えられていない」と焦り、相談や確認が遅れ、成果が遠のく悪循環になってしまいます。
2つ目の原因は、期待値が曖昧なままスタートしたことに気づいていないということです。
「チームでの成果が何を意味するのか」その定義をオンボーディングの最初にきちんと共有していないケースは非常に多くあります。中途社員は、「何をもってOKなのか」がわからないまま走り続けることになり、期待に応えているつもりでもズレが起きるのです。
●成果の構造を見える化し、中間確認を行う

空中戦を避けるために必要なのは、成果の見える化=期待の構造化です。
以下のように分解して、中途社員と「言葉で握る」場を意図的につくることが大切です。
▼成果期待を分解・構造化する視点
- 目的:なぜこの役割が存在しているのか
- 成果定義:何を達成すると「活躍」とみなすのか
- 評価ポイント:何を見るのか(KPI/行動/価値観など)
- 期間の目安:いつまでに、どのレベルに到達すべきか
- リソース:それを支援する環境・情報・サポートは何か
このフレームで共有するだけで、「何が求められているのか」が具体的になり、本人の不安と現場のモヤモヤが解消されやすくなります。
そして、成果の見える化を行った後は、中間確認を行うことが求められます。
立ち上がりの3ヶ月間で重要なのは、1回きりの期待値共有ではなく、複数回の“リキャリブレーション(再調整)”です。
▼期待値の再調整(中間確認)
- 実際にやってみて、どこがうまくいったか
- どこにギャップを感じているか
- 次の2週間で取り組むべきことは何か
こうしたポイントを1on1やレビューで定期的に確認することが、 “曖昧な期待”を“調整可能な目標”に変えていきます。
おわりに
中途社員が結果を出せずに悩んでいるとき、本人の能力や姿勢を疑う前に、「環境に構造的な問題がないか」を見直す視点が欠かせません。蓋を開けて見ると、本人の努力では乗り越えづらいものばかりが並ぶこともあります。
入社後の立ち上がりにおいて、最も本人のストレスが高くなるのは、 「何が正解かわからない」「どう動けばいいかわからない」という不確実性です。だからこそ、オンボーディングのゴールは「本人が自分で動ける状態になるまで、不確実性を減らし続けること」です。
1人でも多くの中途社員が、自分らしいパフォーマンスを発揮してもらいたいと願っています。そして、その鍵は、“人”ではなく、“環境”の側にあると信じています。