なぜブリリアントジャークには、オンボーディングが通用しにくいのか
成果を出す人が、必ずしも組織を強くするわけではありません。拡大フェーズの企業の現場では、「数字をつくる人」が重宝されるあまり、協働や組織文化の健全性が軽視されがちです。
今回の記事では、「ブリリアントジャーク」と呼ばれる人材について、言葉の定義や存在の捉え方、またオンボーディングを通して、どのように組織の設計を考えていくべきかについてお伝えしていきます。
ブリリアントジャークとは?
「ブリリアントジャーク(Brilliant Jerk)」は、直訳すると「優秀だけど、嫌な奴」という意味です。優秀で、論理的で、成果にストイック。成果は抜群だが、しかし同時に、協働の文脈を破壊する存在でもあります。彼らは「卓越した能力」「圧倒的な自己効力感」「揺るぎない信念」を持ち、チームに短期的な成果をもたらす一方で、長期的には文化的摩擦と心理的安全性の低下を引き起こします。
Netflixのカルチャーデックに記された有名な言葉にこうあります。
“We don’t tolerate brilliant jerks. The cost to teamwork is too high.”
━━ 私たちはブリリアントジャークを容認しない。チームワークへの代償が大きすぎるからだ。
ブリリアントジャークの特徴・傾向

心理学的には、ブリリアントジャークの多くが次のような傾向を示します。
- 認知的卓越性:複雑な問題解決に長け、論理的整合性を最優先する
- 社会的盲点:他者の感情や文脈に鈍感で、共感を「非効率」と見なす
- 自己参照バイアス:自分の成功体験を普遍化し、他者にも適用しようとする
この3つが重なると、「自分の正しさ」が組織の正しさを凌駕する構造が生まれます。
それはまさに、個の成功と組織の成功が乖離し始める瞬間です。
ブリリアントジャークは組織社会化に抵抗を示す
組織心理学者エドガー・シャイン(Edgar Schein)が定義した「組織社会化(Organizational Socialization)」とは、新しいメンバーがその組織の価値観・行動規範・ルールを学び、役割と文化を内面化していくプロセスを指します(Van Maanen & Schein, 1979)。
通常のオンボーディングでは、この“組織社会化”を支援する仕組みが暗黙に機能しています。しかしブリリアントジャークは、このプロセスに抵抗を示します。
なぜ彼らにオンボーディングが通用しにくいのか

そもそもオンボーディングは、組織社会化の入口です。オンボーディングの前提には、「新たな環境に適応したい」という本人側の意志があります。組織の価値観・行動規範を学び、所属意識を形成していく過程です。
しかしブリリアントジャークは、しばしばその意志自体を持ちません。「組織に染まること=凡庸化」と捉えるのです。「自分がこの組織を変える」という使命感を抱いている場合もあります。
過去に成果を出してきた経験がその信念を強化し、結果として「組織が変わるべきだ」「自分の方が正しい」という構図を内面化します。例えば、フィードバックをしても「それはロジックが甘い」と返され、ロールモデルを示しても「そのやり方は古い」と切り捨てられるようなイメージです。
つまり、社会化のメカニズムである【観察→模倣→内面化】が機能しないのです。
本人は意図的に反抗しているわけではありません。心理学的には、自己確証バイアスと過剰な自己効力感が複合的に作用した状態といえます。彼らは「自分のやり方が通用してきた」という成功体験を手放せないのです。
ブリリアントジャークの性質は“いつ”形成されるのか
ブリリアントジャークの性質は先天的なものではありません。
生まれながらの「性格」ではなく、環境によって強化された行動様式です。
特に、次の3つの経験が彼らを形づくります。
- 成果主義の極端な環境で成功体験を積むこと
とにかく成果が評価される職場にいることで、「勝ち残り」が最適戦略であると信じる。チームよりも自分で成果を出す方が早いと認識。こうした環境下での成功体験が暗黙の信念を形成します。 - ロールモデル不在の中で自律を過度に求められること
ベンチャーや新規事業など、仕組みが整っていない環境で、早期に「自分流のやり方」を確立した経験があること。ただし、その“自分流”は他者との再現性を欠きやすいことが特徴です。 - 周囲からの称賛と依存が繰り返されること
優秀な人材ほど、組織は彼に依存しやすくなります。結果として、「自分が正しい」という信念が強化され、他者からのフィードバックを受け入れる心理的余白が消えていきます。
このようにして、ブリリアントジャークは「環境がつくる適応の副産物」として形成されます。彼らは最初から異物だったわけではなく、むしろ組織が育てた“過剰適応者”なのです。
彼らは自覚しているのか?
興味深いのは、多くのブリリアントジャークが「自分は正しいことをしている」と信じている点です。彼らの行動は悪意ではなく、誤った善意と確信によって支えられています。「組織のため」「成果のため」と信じて疑わないのです。
一方で、その裏には強い不安と承認欲求が潜んでいます。認知心理学ではこれを「防衛的合理化」と呼び、自分の価値を脅かす環境変化や曖昧な評価を“否認”することで、自己効力感を維持しようとする心理的防衛です。
ブリリアントジャークは、その不安を表に出せないまま、優秀さを鎧として使っています。ゆえに、外側からの「教育」や「指導」は彼らに届きません。届くのは、自らの成功法が通用しない現実に直面したときのみです。

ブリリアントジャークのオンボーディングを再設計する
ブリリアントジャークを「問題社員」として扱うと、組織は防衛的になります。しかし、彼らを単に“変えよう”とするほど、相手は頑なになり、関係は硬直してしまいます。
必要なのは教育でも排除でもなく、「共進化、すなわち共に進化をする設計」です。
オンボーディングとは、文化に染めるプロセスではなく、文化を更新するプロセスであると考えます。その前提に立つと、アプローチは大きく3つに整理できます。
① 共進化型:カルチャーを共につくり変える

最も理想的なアプローチは、ブリリアントジャークを「異物」ではなく「変化を学びに変える存在」として位置づけることです。彼らは往々にして、既存の仕組みの「盲点」を突く存在でもあります。ゆえに、組織が成長痛を迎えているフェーズでは、彼らの“異論”が革新の起点になり得ます。共進化型オンボーディングでは、初期の価値観衝突を恐れずに可視化することが肝です。
入社時に「変えてはいけない価値」と「変えてよい価値」を明確に分けます。
たとえば――
「成果への執念は歓迎する。ただし、仲間への尊厳を損なう手段は容認しない。」
この“境界”を言語化した上で、本人と対話を重ねながら再定義していくのです。
ブリリアントジャークにとって最も大切なのは、「組織が自分の存在を正面から扱っている」という実感です。説得ではなく議論のテーブルに招き入れる。その経験こそが、彼らにとっての最初の組織社会化の接点になります。「協働は妥協ではなく戦略である」という認知転換を起こすことができれば理想です。
②制御型:構造でリスクを囲い込み、自由を設計する

共進化が成立するのは、互いに尊重し合える基盤がある場合だけです。もし彼らの行動がチームの心理的安全性を著しく損なうようであれば、次に必要なのは構造による制御です。
制御とは、抑圧ではなく境界をデザインすること。ブリリアントジャークはルールの曖昧さを嫌い、自分の論理で動く余白を最大化しようとします。次の3点を明文化し、共有することが有効です。
- どの範囲で裁量を持つか
- 誰に承認を仰ぐか
- 何を「成功」と定義するか
これを言語化 → ドキュメント化 → チームで合意まで落とし込むことが重要です。明確なルールがあると、ブリリアントジャークはむしろ安心して動けます。「逸脱の余白をどこに残すか」を戦略的に設定し、その枠内で自由を与えるのです。ルールの中に余白があるとき、彼らの自律性は推進力として機能します。
③選別型:カルチャーと適合性を見極める
.png)
そして最後に、もっとも現実的でありながら、最も難しい選択――「受け入れない」という決断です。
オンボーディングの本質は、単なる教育や定着ではなく、関係性の可否を見極める社会化プロセスにあります。どれほど優秀でも、カルチャーの根幹を破壊する存在を容認すれば、他のメンバーの信頼と心理的安全性は失われます。結果的に、組織全体のエネルギーが失速します。
選別とは排除ではありません。それは、「誰を残すか」ではなく「どんな組織でありたいか」を明確にする行為です。優秀さを測る基準を「成果」だけに置くのではなく、「文化への影響」という軸で再定義するのです。オンボーディングは、文化を守るための最前線であり、時に“文化の防衛線”として機能しなければなりません。
まとめ:オンボーディングは”変化を受け入れる構造”である
共進化・制御・選別――この3つの設計思想は、単にブリリアントジャークへの対応策ではなく、変化と秩序のバランスを取り戻すための組織戦略です。
- 共進化型は、異能を組織の成長起点に変える。
- 制御型は、秩序の中に自由を組み込む。
- 選別型は、文化を守り抜く意思を示す。
オンボーディングとは、「誰をどう迎えるか」だけでなく、「自分たちは何を変え、何を守る組織なのか」を定義する行為です。ブリリアントジャークの存在は、その問いを先送りにしてきた組織に突きつけられる“鏡”でもあります。
最終的に問われるのは、個人ではなく、組織の成熟度です。才能を殺さず、文化を壊さず、両者を生かす境界線を設計できるか。その力こそが、次世代のオンボーディング・デザインの本質なのです。
Omboでは、各種SNSも更新しています。ぜひフォローをお願いします!
・Ombo note ▶︎ https://note.com/ombo
・Ombo X ▶︎ https://x.com/Ombo_bs
・Ombo Facebook ▶︎ https://www.facebook.com/ombo.team/