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“教える余裕がない職場”が新入社員を活かせない理由


新卒・中途問わず、新入社員が早期に活躍するかどうかは、本人の努力やスキルだけで決まるものではありません。多くは「どんな職場環境に迎え入れられたか」に強く影響を受けます。

オンボーディングというと、カリキュラムや育成スケジュールといった“プログラム設計”に目が向きがちです。しかし私たちOmboが数多くの企業支援を通じて痛感しているのは、日々の現場環境そのものが、新入社員の自走を左右する決定的要素であるということです。

職場環境と新入社員の立ち上がり

特に注目したいのは、新入社員の「プロアクティブ行動(自発的な学習や提案、周囲との連携)」を支える組織的土壌です。どれだけ意欲的な人材でも、職場にその行動を受け止め、育む余白がなければ、結果として“待ちの姿勢”に変わってしまいます。

プロアクティブ行動が発揮されやすい職場には、いくつかの共通点があります。

  • コミュニケーションが活発であること
  • 新しい挑戦や意見に寛容であること
  • メンバー同士が支え合う文化があること
  • 学びに対して前向きな雰囲気があること

こうした特徴を持つチームは、自然と新入社員の相談・提案・改善行動を後押しし、その行動がまた職場を前進させるという好循環が生まれます。逆に、日々の業務が手一杯で、質問を歓迎する空気がない、助けを求めづらいといった状態にある職場では、新入社員は“遠慮”や“孤立”を感じ、行動量が目に見えて落ちていきます。

これらの要素が欠けたまま、ただ「自ら動いてほしい」「早く成果を出してほしい」と期待しても、それは新入社員にとって酷な話です。職場環境は、行動を引き出す土台であり、整備されていない状態では“期待だけが浮いてしまう”のです。

職務特性も新入社員に影響を与える

職務特性に影響を与える3つの因子

加えて、職務の特性そのものもプロアクティブ行動の発揮を左右します。たとえば、

・自律的に判断できる業務範囲があるか(職務自律性)
・自分の仕事がチームにどう貢献しているかを実感できるか(タスク重要性)
・他者からのフィードバックが得られる機会があるか(他者フィードバック)

出所:『組織になじませる力』

などが影響因子として挙げられます。実際に、Hackman & Oldham(1976)が提唱した「ジョブ特性モデル」でも同一のこと、すなわち職務設計が内発的動機づけや仕事満足に与える影響を分析し、その内容唱えています。

この理論を応用すると、たとえば「業務を自分で工夫できる」「成果が見える」「誰かが見てくれている」と感じられる職場では、新入社員が主体的に動く可能性が高まることが示唆されます。

だからこそ、私たちはオンボーディングを「人材育成のプロセス」ではなく、組織文化の実装プロセスと捉えています。単に個人の立ち上がりを支援するだけでなく、「教える余裕がある職場か」「行動を歓迎するチームか」を問い直す視点が必要です。

教える余裕がない職場がなぜ立ち上がりを阻むのか

多くの企業で見られるのが、「育てたいけれど、教える時間がない」という現場のジレンマです。

人事は育成を意識し、育成担当者をアサインするものの、実際に任された現場メンバーは日常業務に追われており、気づけば「とりあえず横に座らせておく」「資料だけ渡しておく」といった受け入れ方になってしまっている――そんなケースは決して珍しくありません。

ここで問題になるのは、明示的な拒絶がないからこそ、新入社員が「歓迎されていない」と感じてしまうことです。私達が実際に新入社員に行ったヒアリングでも、以下のような声が頻繁に聞かれます。

新入社員からの実際の声

このように、「現場の多忙さは新人の行動を抑制する“静かなバイアス”」として機能してしまいます。新入社員が遠慮し、孤立し、自信を失っていく過程は、外からは見えにくいがゆえに放置されやすいのです。

特に変化が激しい環境では、なおさら「教える時間がない」状況が慢性化しやすくなっています。こうした職場で育成が破綻するのは、本人のモチベーションの問題ではなく、「周囲の忙しさゆえに関係構築が進まず、行動へのフィードバックループが生まれない」という構造的な問題です。

教える余裕がないと育成がうまくいかない問題

オンボーディング期間で起きる期待と実態のギャップ

実際、オンボーディングにおけるフィードバックの遅延は、新入社員の立ち上がりスピードを大きく左右します。適切なタイミングでのアドバイスや反応がなければ、本人は「この方向で合っているのか」がわからず、行動量も質も自然と落ちていきます。しかも、ここで上司や人事が「もっと自走してほしい」と期待を高めると、ミスマッチはさらに広がり、早期離職やパフォーマンス低下のリスクが高まります。

育成には「余裕」が必要です。

しかし、全ての現場に十分なリソースを割くのは現実的ではありません。だからこそ、「忙しい現場でも最低限できる設計」「フィードバックを分散できる体制」「チーム全体で支える文化」が重要になってきます。

人事と上司が“現場の多忙”を乗り越えるためにできること

多くの現場が人手不足や業務の逼迫に直面する中で、「新入社員をきちんと育てること」は、理想論に聞こえるかもしれません。しかし、立ち上がりのタイミングで十分な支援が得られなかった新入社員は、その後の自走にも支障をきたしやすく、結果的に職場への適応や定着に悪影響を与えることが、さまざまな研究から明らかになっています。

特に、新入社員が現場でどのような経験をするかにおいて、直属の上司の存在は極めて大きな影響を及ぼすことがわかっています。

例えば、ある国内企業を対象とした調査では、次の内容が示されています。

「上司との関係の良好さ」が新入社員の職場適応感やプロアクティブ行動の発揮に直結しており、職場内の他の関係性よりも強い相関があること

※ 参考調査例:中原淳・パーソル総合研究所『就職白書2020』等(職場適応における上司の影響に関する研究)

加えて、プロアクティブ行動(自ら学びにいく・人に働きかける・改善提案をするなど)の発揮には、「上司が日常的に相談に応じているか」「失敗や挑戦に対してどのようなフィードバックを与えるか」が強く影響します。

忙しい現場においてこの余白が確保されないと、新入社員は「聞きづらい」「迷惑をかけたくない」と感じて行動を萎縮させる傾向にあります。こうした状況を補完し、新入社員の立ち上がりを支える存在として重要なのが人事部の介在です。

人事部がプロアクティブ行動を積極的に喚起する

まず、人事が果たすべき役割の一つは、入社初期からプロアクティブ行動の重要性を本人に理解させることです。「ただ教わる」のではなく、「学びにいく・つながりにいく」姿勢の重要性を明示することで、新入社員自身が受け身に陥るリスクを減らせます。プロアクティブ行動は一部の積極的な人だけの資質ではなく、環境と支援によって引き出せる行動様式であるという認識の浸透が必要です。

次に、人事が担うべきもう一つの役割は、現場と新入社員の間に立つ“中立的なフォロー役”として機能することです。
特に、上司や同僚が多忙で十分な支援を提供できない現場では、「困っていても言い出せない」「うまくいっていないが見えていない」といった状態が続いてしまうリスクがあります。

このような場合、人事が定期的に新入社員と接点を持ち、業務状況や心理的状態をヒアリングするだけでも、孤立やミスマッチの兆候を早期に察知できます。さらに、現場との間に立ち、必要に応じてマネジャーやチームに状況をフィードバックすることで、育成の抜け漏れを構造的に補うことが可能になります。

実際、プロアクティブ行動と成果の相関は、国内外の複数の調査でも裏付けられています。例えば、ある海外のSaaS企業における調査では、

入社後3ヶ月の間にプロアクティブ行動を「頻繁にとっていた」と自己申告した社員の74%が、6ヶ月以内に設定されたKPIを達成したという報告があります

出所:TechOnboarding, 2022

職場の“余裕のなさ”を新入社員が敏感に感じ取り、遠慮や孤立を深めていく構図は、実に静かで見えづらいものです。だからこそ、上司の影響を理解しながらも、現場任せにせず人事が能動的に関与していくことが、オンボーディングの質を大きく左右します。

まとまると、次のようなサポートによって、人事がプロアクティブ行動を喚起していきます。

人事が行いたいサポート

終わりに - 新入社員の活躍は、チームの再現性を高める第一歩

新入社員が早期に力を発揮できるかどうかは、個人のスキルや意欲だけでは決まりません。職場の「教える余裕」、つまり周囲の関わり方がその成長速度を大きく左右します。

新入社員の活躍には、「余裕ある支援体制」と「仕組みとしての関与」が必要です。そしてそれは、属人的な指導ではなく、誰が担当しても一定の支援ができる“再現性あるオンボーディング”の土台になります。

早期に力を発揮できる新入社員が増えることは、単に「戦力が早く増える」という意味だけではありません。教える側のノウハウが可視化され、組織としての学習力が高まっていく──その好循環の起点こそが、新入社員の立ち上がり支援なのです。